東京地方裁判所 昭和49年(ワ)9729号 判決 1976年2月19日
原告
二木寿美治
ほか二名
被告
原武茂
ほか一名
主文
一 被告らは各自、原告二木寿美治に対し金一〇六万二、九五六円及び内金八六万二、九五六円に対する、原告二木槇人、同二木康博に対しそれぞれ金五八万二、九五六円及び右各金員に対するいずれも昭和四八年七月一四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。
四 この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
「被告らは各自、原告二木寿美治に対し金四五八万六、八〇一円及び内金四〇二万二、二〇七円に対する、原告二木槇人、同二木康博に対し各金二九七万九、四七七円及び右各金員に対するそれぞれ昭和四八年七月一四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。
二 被告ら
「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」
との判決。
第二原告らの請求の原因
一 事故の発生
訴外亡二木菊子(以下「菊子」という。)は、昭和四八年七月一三日午後六時五五分頃、長野県茅野市宮川西町市道交差点において、自転車で通行中、交差道路から進行して来た被告原武茂(以下「被告原」という。)の運転する貨物自動車(松本四四そ五六九九号、以下「甲車」という。)に衝突されて自転車ごと転倒し、頭蓋骨骨折、脳挫傷の傷害を受け、同日午後九時一〇分頃、同市宮川三九八〇番地所在の横井病院において死亡した。
二 責任原因
1 被告原は、見通しの悪い交差点に進入するに際しては交差道路からの通行車両の有無を確認し徐行して交差点に進入すべきであるのにこれを怠り、左右の安全を確認しないうえ徐行することなく本件交差点に進入したため、本件交差点を通過しようとしていた菊子運転の自転車後部に甲車を衝突させ、見通しの悪い交差点を通過する際における徐行義務違反と安全確認義務違反の過失があるから、民法七〇九条により原告らの蒙つた後記損害を賠償する義務がある。
2 被告千野薫(以下「被告千野」という。)は、甲車を所有しこれを自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により原告らの蒙つた後記損害を賠償する義務がある。
三 損害
(一) 菊子の逸失利益ならびに原告らの相続
菊子は、本件事故当時五五才九月の健康な女性で、訴外有限会社茅野精機製作所に勤務し、昭和四七年の年収が金五三万二、三九三円で、同四八年一月から同年七月までの収入額が金三三万八、一七四円であつたところ、右訴外会社のこれまでのベースアツプ率は、昭和四四年度一二・八パーセント、同四五年度三一パーセント、同四六年度一四・六パーセント、同四七年度一八・七パーセント、同四八年度二八・一パーセントでその平均ベースアツプ率が一九パーセントであるから、菊子は本件事故に遭わなければ、今後一〇年間稼働しその間毎年右べースアツプ率で昇給した収入を得た筈であり、菊子が生存しているとすれば支出を要する生活費としては全収入額の五割相当額を、さらに年五分の割合による中間利息をホフマン式計算法をもつて各控除し、菊子の得べかりし利益の喪失による損害の事故時の現価を算出すると金五〇〇万三、二九三円となる。
原告二木寿美治(以下「原告寿美治」という。)は菊子の夫、原告二木槇人(以下「原告槇人」という。)、同二木康博(以下「原告康博」という。)はいずれもその子で、原告らは菊子の法定相続人の全部であるから、法定相続分(各三分の一)に応じて菊子の被告らに対する右損害賠償債権をそれぞれ金一六六万七、七六四円宛相続により取得した。
(二) 慰藉料
原告らは本件事故によつて妻あるいは母を喪い、甚大な精神的苦痛を蒙つた。これを慰藉するのに、原告ら各金三〇〇万円をもつて相当とする。
(三) 葬祭費
原告寿美治は、菊子の死亡により葬儀費金二二万五、〇〇〇円、火葬費金六、四八〇円、葬儀手伝人への日当金二四万円、お通夜の来客の接待費金三四万一、二五〇円、香典返し金二三万円をそれぞれ支出し、合計金一〇四万二、七三〇円の損害を蒙つた。
(四) 損害の填補
原告らは、本件事故に基づく損害として自賠責保険から金五〇六万四、八六〇円を受領したので、原告らの損害額から各金一六八万八、二八七円を控除する。
(五) 弁護士費用
原告らは、本件訴訟の提起および追行を原告ら訴訟代理人に委任し、原告寿美治において原告らの損害額の合計額の六パーセントである金五六万四、五九四円を支払うことを約した。
四 結論
よつて、被告ら各自に対し、原告寿美治は金四五八万六、八〇一円及び内弁護士費用を除く金四〇二万二、二〇七円に対する、原告槇人、同康博は各金二九七万九、四七七円及び右金員に対するそれぞれ事故発生の日の翌日である昭和四八年七月一四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三請求原因に対する被告らの答弁および抗弁
一 答弁
請求原因一の事実は認める。
同二1の事実は争う。
同二2の事実は認める。
同三(一)の事実のうち、原告らと菊子の身分関係は認め、その余は不知。
同三(二)の事実は争う。
同三(三)の事実は不知。
同三(四)の事実のうち、原告らが自賠責保険からその主張額の金員を受領したことは認め、その余は争う。
同三(五)の事実は不知。
二 抗弁
(一) 過失相殺
本件事故は、菊子にも過失があるから、原告らの損害額の算定につき、これを斟酌すべきである。すなわち、本件交差点は、菊子の進路には一時停止標識が設置されていて甲車の進路が優先道路であるから、菊子は本件交差点に進入するに際し、一旦停止し左右の安全を確認して進入すべき義務があるのにこれを怠り、漫然と飛び出した過失がある。したがつて、原告らの損害額の算定にあたつては、菊子の右過失を斟酌し、四〇パーセントの過失相殺が相当である。
(二) 弁済
被告らは、昭和四八年七月一四日、原告らに対し菊子の葬儀費として金三〇万円を支払つた。
第四抗弁事実に対する原告らの答弁
被告らの過失相殺の主張は争い、弁済の抗弁は認める。
第五証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
請求原因一の事実は当事者間に争いがない。
二 責任原因
(一) 成立に争いのない乙第一ないし第五号証によれば、次の事実が認められる。
本件現場は、富士見町方面から茅野駅方面に通ずるアスフアルト舗装道路と県道方面から国道二〇号線方面に通ずる左側にややカーブしたアスフアルト舗装道路との十字路交差点で、車道幅員が富士見町側において約五メートルで、茅野駅方面側において約五・三メートルとなり、県道側において約四・一メートルで、国道側において約三・二メートルとなつており、富士見町方面から茅野駅方面に向う道路は法定最高速度が三〇キロメートルと制限され、交差点の左側角にはアドバイス・ミラーが設置されているため、県道側からは交差道路の両側がおよび富士見町側からは県道側がそれぞれ見通せるようになつており、右県道側からの本件交差点手前には停止線が白線で引かれ、右交差道路はいずれもその両側には人家が密集した市街地道路で、歩行者及び車両の通行量は普通位のいずれもほぼ平坦な道路であり、夜間は暗いが、事故当時は夕暮れではあつたが未だ車両のライトをつけなくても走行できる状態であり、路面は乾燥していた。
被告原は、甲車を運転し、その助手席に被告千野を同乗させて、富士見町方面から茅野駅方面に向け時速約五〇キロメートルの速度で進行し、本件交差点の約二〇メートル手前の道路左側に三人位の子供達が自転車に乗つて遊んでいるのを発見し、これを避けるため右側にハンドルを切つて進行したところ、被告千野から「危い」と忠告され、急きよブレーキをかけながら、進路前方が交差点となつているのに気付くとともに、進路前方を黒い物影が通り抜けるような感じを受けたがどうすることもできず、本件交差点中央付近で、菊子の運転する自転車に甲車の左前部を衝突させた。
被告原は、現場道路を通行するのは今回が初めてで、現場道路の状況を全く知らなかつた。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、被告原は、法定最高速度を二〇キロメートルも超過する速度違反があり、また、交差道路の見通しのよくない交差点に進入するに際しては進路の安全を確認し徐行して進行すべき義務があるのに、これを怠る安全運転義務違反の過失があるというべきであるから、民法七〇九条に基づき原告らの蒙つた損害を賠償する義務がある。
(二) 被告千野が甲車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、同被告は、自賠法三条により原告らの蒙つた損害を賠償する義務がある。
三 損害
(一) 菊子の逸失利益ならびに原告らの相続
成立に争いのない甲第二号証、原告寿美治本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第四号証の一、二、第五号証、第六号証および同尋問の結果によれば、菊子は、本件事故当時五五才(大正六年一〇月二六日生)の健康な女性で、時計の部品製作の下請をしている有限会社茅野精機製作所に勤務し、日給月給で昭和四七年中に金五三万二、三九三円(平均月収金四万四、三六六円)、昭和四八年一月から同年七月一三日中に金三三万八、一七四円(平均月収金五万二、〇二六円)の収入を得ていたことが認められる。
菊子の死亡後本件口頭弁論終結(昭和五〇年一二月二三日)までに菊子の同年令で産業計、企業規模計、学歴計の女子労働者の給与(賞与を含む)額が毎年増加し、その増加割合は少なくとも昭和四九年において前年の約二二・八パーセントであることは昭和四九年賃金構造基本統計調査報告(労働大臣官房統計情報部発表)によつて当裁判所に顕著な事実であるから、菊子は本件事故に遭わなければ、昭和四八年一二月までは右平均月収の収入を得、昭和四九年は前年の収入に前記割合を乗じて得た金額を加算した収入を得、昭和五〇年以降六五才に達した後である昭和五八年七月一三日まで毎年少なくとも昭和四九年と同額の勤労収入を得たことは確実であると認められる。
菊子が生存している場合の生活費は、菊子の総収入額の二分の一を超えることはないとみるのが相当であるから、これと、年五分の割合によるライプニツツ式計算法での中間利息とを控除し、菊子の労働能力の喪失による逸失利益の本件事故発生の日の翌日の現価を算出すると、金二八九万二、一六三円となる。
原告寿美治は菊子の夫、同槇人、同康博はいずれも菊子の子で、原告らは菊子の法定相続人の全部であることは当事者間に争いがないので、原告らは、菊子の法定相続人として菊子が被告らに対して有する右損害賠償債権を各三分の一に応じて各金九六万四、〇五四円(円未満切捨)を相続により取得したものと認められる。
なお、原告らは、菊子の勤務していた訴外有限会社茅野精機製作所におけるこれまでのベースアツプ率の平均率を基礎にして菊子の将来の収入額も稼働可能期間毎年ベースアツプすることを前提に菊子の逸失利益を算定すべき旨を主張するが、将来の経済変動により左右される将来のベースアツプは、名目賃金指数の上昇に基づく名目賃金の修正のほかに、実質賃金の増加をも予期することは困難でありまた死者の逸失利益による損害額は現在の時点において全額受領し、これを利用する点をも考えれば逸失利益算定につき将来のベースアツプを考慮することは妥当でないといわなければならない。したがつて、原告らの右主張は採用しない。
(二) 慰藉料
以上認定したような原告らと菊子の身分関係、原告らの家族構成、菊子の年令性別等諸事情を考慮すると、原告らが菊子の死亡によつて受けた精神的損害は、控え目に考えても、原告ら各金二〇〇万円を下らない金額でもつて慰藉されるべきと認めるのを相当とする。
(三) 葬祭費
原告寿美治本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第七ないし第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二号証の一ないし七、第一三、第一四号証の各一、二および同尋問の結果によれば、原告寿美治は、菊子の死亡に伴い葬儀費、造花代、火葬費等として金八一万二、七三〇円を支出したことが認められるところ、菊子の年令、職業等を考慮し、被告らにおいて負担すべき葬祭費としての額は金三五万円と認めるのを相当とする。
なお、原告寿美治は、右認定の葬祭費以外に、いわゆる香典返しとして金二三万円を支出したと主張し、同原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第一三、第一四号証の各一、二および同尋問の結果により右事実が認められるが、香典返しの費用は、本来喪主等において任意に負担すべきものであつて、葬儀参加者の供する香典が損失補償の趣旨をもつて供与されるものではなく、損益相殺にいう益の概念に該当しないものであり、香典返しは香典に対応するものとして香典に対する返礼の意味をもつて香典の額を超えない範囲内において香典供与者に供されるのが通例であり、およそ損益の概念をもつて律すべき性格のものではないから、加害者らに賠償させるべき筋合いのものではなく、右支出をもつて同原告の損害とすることはできないことは明らかである。
(四) 過失相殺
前認定の事故態様によると、本件事故は被告原の前記過失とともに、菊子においても、見通しの悪い交差点を自転車に乗つて進行するに際し一時停止せず、交差道路からの安全を確認しないで交差点に進入した過失があり、右両者の過失の競合によつて発生したものと認められる。
してみると、原告らの損害額を算定するにあたり、菊子の右過失を斟酌すべきであり、その過失相殺率は二割とみるのを相当とする。
(五) 損害の填補
原告らが、菊子の事故死に伴い、自賠責保険から金五〇六万四、八六〇円を受領し、これを原告らの前記損害額に各金一六八万八、二八七円ずつ充当したことは原告らの自陳するところであり、原告らが被告らから損害賠償の一部として金三〇万円を受領したことは当事者間に争いがないから、原告らは右金額の三分の一ずつである金一〇万円宛を原告らの損害額に充当したものというべきである。
(六) 弁護士費用
以上の理由により、被告各自に対し、原告寿美治は金八六万二、九五六円、原告槇人、同康博はそれぞれ金五八万二、九五六円の損害賠償債権のあることが認められるところ、弁論の全趣旨により、原告らは右債権の取立のため本件訴訟手続の追行を原告ら訴訟代理人に委任し、原告寿美治においてその報酬を支払うことを約したことが認められる。してみると、本件審理の経過、事件の難易、原告らの損害認容額に鑑みると、原告寿美治の被告らに対し請求し得る弁護士費用の額は金二〇万円に限り本件事故と相当因果関係に立つ損害というべきである。
四 結論
よつて、被告らは各自、原告寿美治に対し金一〇六万二、九五六円及び内金八六万二、九五六円に対する、原告槇人、同康博に対しそれぞれ金五八万二、九五六円及び右各金員に対するいずれも本件事故発生の日の翌日である昭和四八年七月一四日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告らの被告らに対する本訴請求は右の限度で認容し、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言については同法一九六条一項を各適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 玉城征駟郎)